第1回京都探求学習やりました!

3月26日(日)、「日本史を現場で学ぶ!京都探求学習」をやってきました。

事前に、参加者で、歴史的学びの観点から、訪れるスポットをディスカションして、京都御所金閣銀閣に行くことを決めました。

その上で、参加者で分担して、事前調査をしてもらい、現場で発表してもらいながら、現場に臨みました。

現場は、やはり、圧倒的に歴史のリアリティを体感させられました。教科書や情報だけでは得られない気づきをそれぞれに得られました。

日本史学習では、時代の流れを理解することが大事だと言われます。
そのためには、その時代の背景や社会的・文化的背景を理解し、出来事や人物を理解することが大切です。歴史をただ暗記するのではなく、その背景や関連性を理解することが求められます。

その意味で、現場にいって、往時に思いを馳せ、体感しながら、じっくり考えを巡らせることは、教科書を読んでいるのとはまったく違って、身体的に歴史認識を深め、忘れられない知となり、大きな知的力となることでしょう。

以下、参加した人のレポートを掲載し、第1回の京都探求学習の報告といたします。

なお、予想以上に好評であり、また、今回は都合で参加できない人もいたので、次回も企画したいと考えています。
ご期待ください。


Yさんのレポート

今回の研修を通して、まず1番に歴史を体感することが出来てとても楽しかったと思います。

普段写真でしか見ていないものを実際に見てみて、自分が思い描いていたイメージとかなり違うこともありました。例えば銀閣の東求堂同仁斎では、本物の書院造を見れたことは言うまでもないんですが、天井がかなり低いことに驚きました。当時の日本人の身長の低さを感じた瞬間でした(笑)。

京都東山・慈照寺・銀閣

また、障子に色々な絵が書かれていたので「義政もこの絵を見ながら歌を詠んだりしていたのかな」と考えてみたりもしました。

金閣の華やかなイメージはそのままだったのですが、銀閣の地味なイメージがその障子を見て一気に払拭されたように思います。

また、京都御所の方では、普段入ることの出来ない清涼殿や紫宸殿の方までじっくり見ることが出来てとても貴重な体験になりました。

京都御所・紫宸殿・左近の桜

今の日本の慣習のルーツとなるものもあり、また、建物の大きさにも圧倒されました。

個人的に蹴鞠を間近で見れたことはとても印象に残っています。自分もやってみたくなりました(笑)。

これから歴史の勉強を進めていくにあたって、文字面だけをぼーっと覚えるだけではなく、その時代背景や当時の人々が何を思って行動したのかを想像しながら学んでいきたいと思います。

その方が楽しいですしね!

京都御所・蹴鞠

京大にも寄ってきました!

京大:キャンパス内を見学してきました

Mさんのレポート

1、はじめに

第一回目の日本史探求では、京都御所・金閣寺・銀閣寺の3ヵ所を回った。

実際に訪れて、中を 歩いて観てみると、ただ教科書で知って覚えるのに比べて、得られる知識の立体感が違った。

実 際に行ってみて分かる事や、新たに疑問に思う事があり、非常に有意義な探検学習であった。
レ ポートでは、今回訪れた3つの名所についてそれぞれまとめ、最後に学習を通しての感想と次回 の課題をまとめた。 

2、京都御所について

京都御所・紫宸殿・高御座

京都御所は天皇の住まいである。
光厳天皇が即位した1331年(南北朝の動乱)から、明治天 皇が東京へ移った1869年までのおよそ540年間、歴代天皇が住んだ。

特筆すべきは何よりもここ が幕末の大舞台となっている所である。
王政復古の大号令や小御所会議、五か条の御誓文、日 本史の転換期がここであった。

元貴族の住まいであり、その後天皇が暮らしただけあって、御所 の大きさと洗練された庭や絵画に圧倒された。実際に建物を見てみると、日本の伝統的な建築 や、建物の大きさ、当時の生活の様子がよく分かった。

今回の探求学習では、普段は見れない特別拝観が行われており、紫宸殿や清涼殿を見ること ができた。紫宸殿は京都御所の中で最も格式の高い殿舎であり、天皇が座る「高御座」と皇后が 座る「御帳台」が置かれている。裏地が赤紫色の布が掛けられた高御座と御帳台はとても綺麗 だった。

京都御所。紫宸殿・御帳台

そして、この建物の床が一番高くなっており、地下人はその台座を仰ぎ見る。天皇はまさ に殿上人であった。また、紫宸殿の前には、紫宸殿に向かって左側に「右近の橘」、右側に「左近 の桜」が植えられている。これが日本のひな祭りのモデルになっている。

そして何より、非常に立派で見ごたえがある京都御所だが、国営のため全て無料で拝観できる ことに心から驚く。 

3、銀閣寺について

銀閣

銀閣寺は足利義政の別荘であり、禅の世界と武士の世界の融合を見ることができた。

銀閣寺 は京都御所や金閣寺に比べて建物に「物語」が明確にあるように思えた。 まず、銀閣寺の門に至るまでの50メートルの参道には、外界を断ち、浄土世界に誘うように椿 の樹が空高くずらりと植えられていた。そして、自然を取り込んでいるのか、それとも自然の中に その姿を隠しているのか、その絶妙な境界線の上に、銀閣寺は建てられていた。

その姿はとても 力強く、静粛な雰囲気をまとっていた。まるで武士の心を感じられるようであった。 銀閣寺もこの日特別拝観で東求堂同仁斎が拝観できた。実際に義政が思考を巡らせた書斎で ある。想像していたよりも小さく、驚いた。室町時代の人々は背が小さかったのだろう。まるで模 型の中にいるようであった。

銀閣寺は中学生のころに習っていたが、全く知らなかったと言えるほど、想像を超えていた。書 斎以外の部屋には、江戸時代以降に描かれた絵画が、襖や壁に描かれていた。銀閣寺と言え ば、「禅の精神を反映した、質素なデザイン」という印象であったが、時代を追うにつれ新たな文 化が足され、存在しているのは禅の世界を超えた世界であった。与謝野蕪村、池大雅、富岡鉄 斎、奥田元宗、この4人が描いた絵はどれも特徴的で、新しい世界を銀閣寺に生み出していた。 

4、金閣寺について

京都北山・鹿苑寺・金閣

絶大な権力を手にした足利義満の別荘である金閣は、その名の通り金色に輝き、大きく、義 満の権力の大きさを感じることができた。

使用された金は20kgで、その総額は1億4000万円だそ うだ。それほど義満は日明貿易で稼いでいたのだろう。 他にも権力の象徴は、金閣寺の大きな池にもある。池の中心には「葦原島」という大きめの島 があるのだが、これは日本列島を表している。更に池は金閣寺を中心に扇形に広がっており、金閣が扇の要のようになってある。このことから、金閣寺から「日本」が見下ろせるだけでなく、 「我こそ政治・権力の中心地である」と見立てられるように造られてある。

金閣寺とは義満の権力を余すことなく誇示したものであることが分かる。 金閣寺を広く見渡すと、どれほど義満が政治権力を握っていたのかが見えてくる。 きっと、今でも金閣寺の最上階では「日本」を見下ろしながら扇で優雅に仰ぎながらくつろぐ義 満が、訪れるたくさんの観光客を満足そうに眺めているのだろう。 

金閣の手前が葦原島


5、感想

ただ教科書で知って覚えるのに比べて、訪れて歩いてみると得られる知識の立体感が違った。 行ってみて分かる事や、新たに疑問に思う事があり、非常に有意義な探検学習であった。

京都御所・小御所

例え ば、明治天皇の暮らしを人形展示や実際に生活していた住まいを見ていると、「弱冠15歳で住み 慣れた京都から日本の命運を背負って江戸に行ったその気持ちは、一体どのようなものだった のだろう。」と言うような疑問が湧いてきた。

教科書には文字で描いてあるだけで必要な知識を暗 記して天皇の気持ちや生活に思いを巡らせることなど無かった。きっと今よりずっと厳しく日本と いう国が試されている時代に、大転換の渦に飲まれるだけでなく日本を背負わなくてはいけない となると、相当な覚悟が必要だったに違いない。

このように、教科書の先が立体的に自分の中で立ち上がってくる。自分の中で新しく立ち上がっ てきた視点は、物事を見る新しい角度になる。 今回は専ら建築に焦点を当て学習に参加した。

次回の探求学習では、歴史的な出来事に着目 するとともに、歴史の文脈の中で、人々の願いや思いにも焦点を当てて学習に参加したい。



補足:日本史学習のアドバイス その1

今回は、平安時代以来の歴史を持つ京都御所、そして、室町文化を代表する金閣・銀閣で、それぞれの時代の歴史を体感する探求学習をしてきました。

その上で、せっかくですので、この体験をさらに深めるために、日本史学習のアドバイスをしておきたいと思います。これは、直接、現場に行かなかった人にもお役に立てると思いますので、ぜひ日本史を学ぶ人にはお読みいただければ嬉しいです。

歴史の「流れを理解する」のは、何のため?

歴史の勉強は、人物や事件を覚えることだと思っている人が多いのですが、断片的な過去の知識があるだけでは、歴史的思考力はつきません。(今の共通テストや入試では、知識はもちろん必要ですが、史料(データ)を読み解いたり、思考する問題が多くなっています。)

そもそも、歴史認識は、過去のことを知ることで、現在、そして未来へ、歴史の流れの中で生きている私たちがどう生きていくのか、行動していくのかを考えるために必要なものです。
人間は、自分の生まれる家・国・時代を自分で選ぶことはできませんが、今生きている社会・世界を理解して、よりよく生きていくことはできます。歴史認識はそのための重要な知恵の一つです。

ですので、自分自身、自分の生きている国や世界を理解し、これからその中でどう生きていくかを考えるために、歴史を学ぶのだという問題意識をもってもらうと、過去のことを学ぶ意味が見えてきて、歴史を学ぶことが面白くなってくると思います。

例えば、
「なぜ、日本は、アジアでも、植民地にならないで近代国家を作れたのか?」
「なぜ、憲法では国民主権なのに、天皇が象徴としているのか?」
「なぜ、沖縄県に米軍基地が集中しているのか?」、
「なぜ、自分たちが苦闘している大学入試は今のようになっているのか」
などなどの疑問は、歴史を知ることで、その答えが見えてきます。(自分で調べて、考えてくださいね。)

時代の区分を理解しよう!

山河出版社 詳説日本史Bの目次

その上で、日本史の勉強を始める時、よく言われる「流れ」をどう理解しているか、生徒さんたちに聞いてみるとほとんどの人が、理解していません。

そこで、まず、教科書の目次を見てもらっています。
原始・古代・中世・近世・近代・現代
という時代が、順番に並んでいることに気づきます。
どうも、この時代の移り変わりが、「流れ」であるように見えてきます。

では、この時代とは、何をもって区分しているのか?
これも答えられない高校生が多いです。

そこで、日本史を勉強するにあたってのまず第1のアドバイスです。
この時代区分は、社会のあり方で区分していると理解してください。

つまり、まず流れを理解するとは、それぞれの段階の社会がどうであったのをきちんと理解し、それが人々の社会の営みによって、どう変化し、次の段階の社会になっていったのか、そして次の社会はどうであったのかを、時間の流れの中で理解していくということになります。

どんな時代でも、大事なのは、今の自分と同じように、人が生きているということ、生活しているということです。私たちが、生きて生活できるのは、日々、衣食住を社会の中で生産し交換し消費しているからこそです。それは、どんな時代の人でもやっていたことで、その生活の仕方が社会のあり方の中で時代と共に移り変わってきて、現在の私たちの生活・社会の中での生活が作られてきたということになります。

ですので、流れを理解するということにあたって、原始・古代から、現代に至るまで、各時代の社会のあり方が教科書には、これまでの歴史研究を踏まえて、まとめられていますので、それをしっかり読み解いて、理解してください。

その社会を理解すると、その中で営まれた政治(その延長としての戦争)、作られてきた制度・法、そして文化も立体的に、その時代の人がなぜそうしたことをしてきたのかが深く理解できてきます。

まずは、それぞれの社会で人々〜支配者のみならず社会を支えて働いていた民衆も〜が、どう生活していたのか、時代ごとに、ざっくりでもいいですから、理解できるように、よく考えながら、教科書と格闘してみてください。

WHYを考え抜いてみよう1

深く理解するためには、教科書の章や節の見出しをみて、なぜこのようになったのか(why)、いつ(when)どのように(how)何が(what)・誰が(who)どうしたのか、を考えてみてください。
特にwhyを自分で考えるようにすると、歴史的思考力がついていきます。

Whyという疑問をたてて、自分で問題意識をもってみてください。

例えば、
「なぜ、厩戸皇子は、憲法十七条・冠位十二階を作ったのか?」
「大化の改新はなぜ起きたのか?」
「桓武天皇はなぜ平安京に遷都したのか?」
「なぜ、古代から中世への移り変わりが起きたのか?」
「頼朝はなぜ鎌倉を拠点に武士政権を立てたのか?」
などなど。
自分で、問題を立てて、教科書や資料集・史料集と格闘してみてください。


歴史は、いつの時代でも、あらかじめ決まっているわけではありません。
明日、自分がどう行動しているか、この国や世界で何が起こるかわかりませんよね。
それと同じで、教科書に出てくる人たちでも、明日どうなるかわからない中で、行動を選択して、歴史に残ることを、ハラハラどきどきの中でやってきただけです。

今とこれからを生きる私たちは、歴史に学んで行動を選択するにあたって、より良い選択ができるようになっていきたいと思います。

では、皆さん、歴史をそのような選択の物語の集成としてワクワクしながら勉強してみてください。
きっと、その方が、受験対策的にも力になっていきますので、試してみてください。

平治物語絵巻

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