大学入試現代文:「文章がわかる」とは?


皆さん。
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
大学受験パーソナルラボLEADの国語科の桝崎徹です。長らく、こちらのブログも更新していないままでした。すみません。

気付けば、あっという間に桜も散ってしまい・・・。
LEADでは春期講習も終わり、新学期がスタートしています。おかげさまで新入塾生の皆さまにも来ていただいております。

さて、これまで、現代文のことを、いろいろ書いてきました。
書いてきましたけども、それでも普段の授業を通して痛感してしまうのは、「なんで、この子は、文章を正しく読み取れへんねんやろぅ・・・。」ということなんです。

これは言葉をかえれば、「なんでこの子に、文章を正しく読み取れるように、僕は教えられてないねんやろう」ということです・・・。

そんなことを考えながら、どうしたら中高生に、文章を読む力、ひいては、大学入試の現代文で合格点を取れる力をつけてもらえるかを考えてみました。

LEADでの現代文の授業

普段の現代文の授業では、「設問に対する答え」だけではなく、「本文の理解度」を確認していきます。むしろ、後者の方に重きを置いているといってもいいかもしれません。

間違えてもいいんです。もちろん、その時期にもよりますが、「なぜ間違ったのか?」「筆者の文章を、どこで、どう読み違えたのか。」が何よりも大切です。


「段落と段落の関係」はもちろん、一文と一文の関係、語句の意味、その上での筆者の主張、を確認していきます。


先ほどから、「確認」と何気なく書いてきましたが、「確認」とは、「これ、どういうこと?これはなんで?」を主に聞いていくことです。 その時の答え方で、大体の生徒さんの理解度が分かってきます。

「これ、どういうこと?」に対して、現代文があまり得意ではないという生徒さんは、書かれていることを、そのまま音読してくれます。

「・・・いや、そんなん、分かっとるがな。一応、俺も現代文の講師やがな。字ィくらい、読めるがな・・・。」という会話がよぅありますわ・・・。

「ちがうねん。どういうことを、この文を書いた人は言うてはんの⁉」
(また本文をさっきよりも大きめの声で、ゆっくり読んでくれる。)
「・・・さっきと一緒やがな。ちょっと読み方変えただけやがな。書いてはることを、自分の言葉で言い換えてみてよ。」

 (すると、なんやら難しい評論用語をやたら使って、解説してくれる)
「・・・自分で言うてること、分かってへんやろ・・・。」
というようなやり取りがよくあります。

国語の授業風景

現代文にも知識の暗記は必要

以前のこのブログで、「現代文は入試会場に行って、問題文を読み始めるまで、正解のない科目」ということを書きました。

日本史などの科目なら、「鎌倉幕府は何年に成立したのか」という〝事実〟を問うてくることもあります。(・・・これは諸説があって、歴史的思考力を問う問題としてはあり得ます。入試に出るのか、という問題は置いといて。)

現代文は、事実を知っているかどうかという問題ではありません。評論文なら、本文に書かれている筆者の考えを、小説なら、登場人物たちの心情を問うてくる科目ですから、一切、「自分」が入る余地はありません

それでは、「試験会場まで行くまで正解がないんやったら、勉強のしようがないやん。」ということになるかもしれませんが、それは違います。

今までもさんざん書いてきました、本文の構成やらを見抜ける読み方を身に付けておかなければなりません。そうでないと、何が書かれているのか、分かりません。

身に付けるということのスタートは、まずは「覚える」ということです。

現代文で「覚える」ということを一番軽く見られているのが、言葉の知識・「語彙」です。
とりわけ、いわゆる「評論用語」というやつです。現代部にも知識の暗記は必要なんです。

言葉の大切さ(誤読にならないために・・・)

先に書きました、「なんで、この子は、文章を正しく読み取れへんねんやろぅ・・・。」という一番の原因は、語彙力の不足です。

「しかし」「だから」などの接続語があれば、その子はチェックしてくれます。前の文章と後の文章が対比の関係になっていることを、正しく指摘してくれます。

しかし、「何と何が、どういう点で対比されているのか」は、ほぼ分かっていません。字面を追っているだけなんです。書かれている言葉と言葉のつながりを具体的に頭の中でイメージできていないのです。
(※ここでいう「具体的にイメージする」ということは勝手に自分の頭の中で想像する、ということとは全く違います。)

例えば、「現代文にも暗記は必要である。」という文章があった時、これを誤読する人はそんなにいないと思います。

この時、この文章を読んだ人の頭の中で、「あぁ、現代文も他の科目みたいに(助詞「も」があるから)、覚えるということをしやなあかんねんなぁ。」というイメージ、理解があると思います。それはこの文に出てきている「暗記」や「必要」という言葉の意味を、この文を読んだ人が知っているからです。

それでは「源氏物語には普遍性がある。」というような、いかにも評論文で出てきそうな一文がくるとどうでしょうか?

この一文に出てくる「普遍(性)」という言葉の意味を「普通」と同じだと思っている生徒さんが非常に多いのです。・・・漢字が似てるから、というだけの理由で。

そうなると、ここで大きな、筆者と読者の間に食い違いが出てきます。「あぁ、源氏物語って、普通なんやぁ」と思って理解してしまっている人に、その後、どれだけ頑張って筆者は具体例や理由・体験・引用を駆使しても、悲しいかな、伝わっていないでしょう。だって「普通」なんやもん。

(ちなみに、「普遍(性)」とは、「どの時代でも、どの地域・場所でも変わらないこと。」です。だから、この文の筆者は「源氏物語には、どの時代でも、どの地域・場所にも通じるもんがあると私は思てますねん。」と言うてはるんです。)

だから、現代文にも暗記が必要なんです。言葉の意味を、正しく覚えていかなあかんのです。そうじゃないと、全然違う解釈をしてしまうから、です。

まずは他者の言っていることを正確に理解することは、日常生活の礼儀でもあります。

文章が分かる、ということ

誰かが書いた文章を読んで、「分かる」というのは、「その文章に出てきて来ている言葉が、今まで自分が身に付けていた言葉や感覚とリアルに結びつき、具体的なイメージを持つ」ということです。

この時、その文章を読んだ人の身に付けていた言葉の意味や感覚が書いた人のものと違っていたら、正しく伝わっていません。

字面だけをペローっとなでているだけ、目で追っているだけでは、多分、内容は頭に入って来てないでしょう。先にあげた生徒さんも、そのようです。
 
「意味を理解する読み」をしていかなければなりません。この読み方をするためには、
「文章を読みながら、読み進めながら➡文章の意味を理解し➡同時に、自分が文章を理解できているかどうかを確認して」いかなければなりません。

(理解できているかどうかを確認する、とは、本文中の言い換えを探していくということもあるのですが、自分の中で簡単に置き換えながら、自分に問うていくことです。これを僕は、「つなげて読む」と言っています。)

同時にいろいろなことを頭の中でやっているわけですから、疲れます。
・・・そうです。初めて出会った文章を、本気で理解しようと思ったら、疲れるんです‼
僕自身も、国公立の二次の過去問などを解かなければいけない時、疲れます。本気出さな、僕の場合、解けませんから。

日頃からの意識の変える

「評論用語」と言われるものは、難しいです。難しいのは、普段使っていない言葉だからです。

日常の友達との会話で、「えぇ~‼なんかお前の言うてる事、形而上学的すぎるわぁ~‼」というような会話はあまりないでしょう。・・・あったら、これは「評論用語コント」として成立するかもしれません。(学生運動が盛んな時には、あったのかもしれませんが。・・・あ、ちなみに僕はその世代ではございません。)
 
普段使っている言葉の感覚と、現代文を読解するときの言葉の感覚を分ける必要があるんです。

一番いいのは、普段から両者を同じレベルにすることです。

会話だけではなく、普段の読書体験と現代文読解も何ら分けず同じという状態です。ただ、それは、ある程度、評論文的な文章を読み慣れている人に限られていると思います。

普段から、単語ではなく、文章で話す。
文章(つまり論理的に表現して)で、できるだけ正確に、自分の考えや思いを、他者(特に互いに知らない人)を伝えることを意識してみましょう。

身近な人となら単語で通じますが、やはり、よく知らない人とのコミュニケーションは、普段からそのことを意識しているかにかかってきます。

LINEのやり取りも文章でやってみてください。もぅ、ホンマにおっちゃんは、LINEのやり取りですら、1マス空けて書き始めてしまいます。聞かれたことに対していろいろ考えながら書きますから、長くなるんです。

・・・そしたら、もう次の質問が来てるんです。・・・単語で。「どこ?」「何時?」とか・・・。

まぁ、ここまでしなはれとは言いませんが、一旦、考え方を変えてみませんか?
・・・そうです‼ 今までのやり方を変えるところに、成長というものはあるはずなんです‼これはもちろん、自分にも言い聞かせています‼
 
その上で、普段からの人間同士の関係で、自分の思い・考えが伝わらない、他者のそれが、分からない。そんな悔しい、歯がゆい、悲しい思いを、してみましょう。

そして、どう表現したら、伝わるかを工夫していくといいですね。
きっと、評論文の筆者さんが、どう自分の考えを読み手に伝えようと工夫しているのかもわかってくるはずです。
 

たかが入試現代文、されど入試現代文


「・・・ダサっ‼」という声が聞こえてきそうですが、結構、本気で思っています。

上に書いてきたような、こんな読み方をしていたら、なかなか進みません。今まで、無意識に歩けていたのに、急に「右足を出すときに、左手を出して、左足を出すときに、右手を出し・・・あ!違う‼右足と右手が同時になっとる‼もっと首を引いて‼・・・にやけるなぁ~‼」と言われる運動会の行進の練習のようなもんで、スムースに歩けなくなります。

・・・でも、一旦、ここから始めましょう。

始めなければ、始まりません。

これを始めるのは、早ければ早い方が、望ましいです。
それらを意識せずに、できるようになれますから。

そんな経験を一緒にしてみませんか?

LEADにてお待ちしております。

今回も長くなってしました。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


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