<10月30日の村上春樹さんアンデルセン文学賞のスピーチから考えたこと>

【教育のあり方を考えるブログ】20161101      岩崎美好

<10月30日の村上春樹さんアンデルセン文学賞のスピーチから考えたこと~影と光を意識して生きていく・学んでいく~

 村上さんのスピーチの一部を毎日新聞から引用します。

一、小説を書く際、予期していなかった自分と直面する。自分の影を率直に描き、自分の一部として受け入れる感覚を読者と共有することが小説家の重要な役割だ。

一、影に向き合い、時には共に働かなければならない。もしそれを避ければ成熟できない。「影」のように自分の影に破壊されることになる。

一、全ての社会と国家にも影があり、向き合わなければならない。われわれは影から目を背けがちで、排除しようとさえする。影を生まない光は本当の光ではない。

一、侵入者を防ぐためにどれだけ高い壁を築き、厳しく部外者を排除し、自分たちに都合よく歴史を書き換えても、結局は自分を傷つけるだけだ。

一、影との共生を学ばなければならない。暗い側面と向き合わなければならない。向き合わなければいつか影はもっと強大になって戻ってくるだろう

一、傑出した物語は多くのことを教えてくれる。教訓は時間や文化を超越する。(共同)

以上、青字は大事だと私が思ったところです。赤字は、特にすごいな!と思ったところです。  

 実は、リードでもこの2年間、講師研修では、この「闇と光」についての学びを深めてきたところでしたが、何か、村上さんに核心点をズバッと指摘された感がものすごく大きくあります。(研修では、まさのこの闇と光の観点を、行動科学研究所の岩田静治先生・洋治先生からご指導を受けてきました。http://www.e-ibs.co.jp )

私たちは、中高生を中心に人を相手に仕事をしています。である以上、人のあり方、とりわけ心のあり方を、しっかり掴んで、日々生徒に向き合っていかなくてはなりません。

 しかし、そのためにも、まず自分自身のことをしっかり意識する必要があると考えます。他者に先んじて自分自身のことがわかっていないと、自分が他者とどう向き合っているか実は案外難しい問題です。

 実は、人間は、自分が自覚している心の部分より、無意識の部分がかなりあるのではないかと、フロイトやユング以来指摘されています。

 ユングは、元型(アーキタイプ)と名付けましたが、その無意識の部分に人類共通のパターンがあるようです。

 この無意識の部分こそ、影と言えるでしょう。人間は、どんな人でも、影の部分に、ドロドロした感情が渦巻いているようです。怒り、恨み、無力感、絶望感、孤独感、独りよがり、無責任、媚びへつらい、、、

この影にしっかり向き合って、光に転ずること。これをリードでは、この2年間、まず先生たち自身が意識していくことから始め、中高生にもそうした観点からの指導をしていくことを追求してきました。

しかし、村上さんのスピーチで驚いたのは、「影を生まない光は本当の光ではない。」と言われていることです。「影に向き合う」ことは、相当意識してきたつもりでしたが、「本当の光は影を生む」とは、ナンジャコリャー!の感覚がありました。

 そこから、私なりに考えてみたのですが、人間は、スタティックにいつも同じ影と光を持っているというものではなく、生きている以上、常にダイナミックに〔影にとらわれる→影を光に転じる→新たな影を生む→新たな光に転ずる〕というサイクルをずっと繰り返していくものかもしれない、という気がしてきました。

だからこそ、「影との共生を学ばなければならない。暗い側面と向き合わなければならない。向き合わなければいつか影はもっと強大になって戻ってくるだろう」と言えるのではないでしょうか。人間は、無意識の中にある影をしっかり向き合うように意識し続けることで、影に支配されてしまうことを避けることができるということだと思います。 

 影に支配されていると、生き生きと生きることができなくなってしまうでしょう。私たちは、エネルギーじゃじゃ漏れと呼んでいます。家の中では、夫婦関係・親子関係が険悪、仕事や勉強でクタクタ、何事もうまくいく気がしない、などなど。

勉強の場面で、中高生によくある傾向は、以下のようなものがよく課題になってきます。(子供の元型・つぶし屋の元型という用語は岩田先生の用語をお借りしています。人間がもっている傾向ー元型を比喩的に表しています。

 *子供の元型—影:自分では責任を取らない、なんでも人のせいにする。勉強も自分では責任持って取り組めない、スケジュール管理もできない。

→これを、光に転ずると。自分で責任を取ろう!学習も自己管理し、自分の責任で主体的に取り組もう!となります。

〜この影は、中高生が、そして私たち大人も誰しもが持っている影です。成長過程にある中高生だからこそ、この自分の影に向き合って、責任を取れる大人になっていってもらいたいと思っています。

その時、私たち大人が、教える教師やご両親が、自分の中の子供の影を意識している度合いが大きほど、子供達にもアプローチの仕方が見えてくると思います。  

*つぶし屋の元型—影:自分は無力で、何事もなし得ない。勉強では、自分は勉強ができない、成績あがりっこない、入試に受かるわけがない。と思い込んでしまうようなことです。

→これを、光に転ずると。チャレンジして頑張ろう!ここから出発して、一歩一歩前進して、目標に向かおう!となります。

〜この影も、人間誰しもが持っている影ですが、この影に取り憑かれている人は、特に自分だけが無能な人間だと思い込み、その思い込みだけを根拠にとても消極的になってしまいがちです。影に向き合って、でもチャレンジしていこう!と一歩を踏み出していくしかありません。そうすると、結構前に進めたりして、ちょっとずつ自信がついてきたりするものです。

その転換のきっかけを作っていくのが、私たちの大人の仕事ですが、ここでもやはり、自分のつぶし屋の影を意識している方が、そのアプローチを子供達に対してしていくことができます。

よく、リードの現場でぶつかるのは、この2つの影です。両方が強い場合もありますし、どちらかに偏っている場合もあります。

 私は、学力をつけていくという課題においては、英数国理社の教科の内容を指導することはもちろんですが、それ以上に生徒たちの影に向き合い、つまり先生たちが自分の影に向き合い、人間どうし、影を光に転じていく関わりが大事なのではないかと考えています。

先生たちがまずエネルギーじゃじゃ漏れをなくして生き生きと指導の場に臨み、生徒たちの漏れているエネルギーを満たす状況に変えていくこと。

 そこを目指して、日々実践を積み重ねています。

生徒たちが、自分の影を光に転じて、大きく成長して、生き生きと巣立っていく姿は本当に嬉しいものです。単に受験に合格するだけでなく、エンルギーじゃじゃ漏れを克服し、影としての子供の元型・つぶし屋の元型を光に転ずることができたという成長のお手伝いをしたいと強く願っています。

いずれにしても、人間が生きていく上では、自分の影と光を意識した方がよりよく生きることができるというのが最近の私の実感です。

 関心をお持ちの方は、村上さんも親交の深かったユング派心理学の第一人者・河合隼雄先生のご著書をお薦めいたします。影の話は、河合先生の心理学方面の著書が多数出版されていますので、ご自身で読みやすそうなものからお読みになるのがよろしいかと思います。教育論に関心をお持ちの保護者の方には、朝日文庫「こころの子育て」・小学館「河合隼雄の“こころ”—教えることは寄り添うこと」をお薦めいたします。

さて、村上さんのスピーチから影の話が膨らんでしまいましたが、村上さんの指摘されている「社会と国家の影」についてもいずれ書きたいと思っています。最近、「グローバルな」時代における教育について、色々考えていますので、おいおい考えをまとめていこうとは考えています。

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