教養ゼミ:サンデル『実力も運のうち』を読む

西洋の「影」を、どうすれば「光」に転じられるのか

教養ゼミでは、これまでエマニュエル・トッド『西洋の敗北』を読み、現代の西洋、とりわけアメリカ社会が抱える深い危機について考えてきました。

次回からは、マイケル・サンデル『実力も運のうち』を読み進めます。

第1回は、8月8日(土)、13時〜16時に行います。

トッドが描いた現代西洋(米英仏を中心として、広くは独日も含む)の危機を受け止めたうえで、次に私たちが考えたいのは、その「影」をどのように「光」へ転じていけるのか、という問いです。

トッド『西洋の敗北』で見てきたこと

トッドが『西洋の敗北』で描いたのは、単なる国際政治や軍事力の問題ではありません。

彼が見ようとしたのは、宗教が社会を支える力を失い、道徳や公共性の基盤が弱まる中で、西洋社会そのものが内側から変質していく姿でした。

とりわけアメリカは、国民全体の利益を代表する社会ではなく、一部の支配層や富裕層に都合のよい「リベラル寡頭制」へと変わっていったのではないか。

そして、その支配層は、もはや国民全体の生活や未来を考えることができず、政治的・軍事的にも合理的な判断を失っているのではないか。

トッドは、ウクライナ戦争やガザで起きていることを、こうした西洋社会の内側の危機と結びつけて読み解こうとしました。

西洋の「影」を、どう「光」に転じるのか

では、次に問うべきことは何でしょうか。

それは、こうした西洋の「影」を、どのようにして「光」へと転じることができるのか、という問いです。

道徳や合理性を失いつつある社会の中で、私たちはどうすれば、人間社会に必要な公共性、共通善、よりよく生きるための価値を取り戻すことができるのでしょうか。

どうすれば、分断と不信をこえて、よりよき未来を切り開いていけるのでしょうか。

そのことを考えるために、次の教養ゼミでは、マイケル・サンデル『実力も運のうち』を読みます。

サンデルが問う「能力主義」の問題

サンデルが焦点を当てるのは、現代アメリカ社会に深く根づいた能力主義、つまりメリトクラシーです。

「成功した人は努力と実力で勝ち取ったのだから、その地位にふさわしい」
「うまくいかなかった人は、努力が足りなかったのだから仕方がない」

こうした考え方は、一見すると公平で合理的に見えます。

しかしサンデルは、この能力主義こそが、アメリカ社会の分断、エリート層のおごり、取り残された人々の屈辱感を深めてきたのではないかと問いかけます。

学歴、収入、職業的成功は、本当にすべて本人の実力だけで決まるのでしょうか。

家庭環境、才能、運、社会制度、時代の条件を抜きにして、人生を「自己責任」だけで語ることはできるのでしょうか。

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トッドからサンデルへ

トッドが『西洋の敗北』で示したのは、西洋社会が道徳と合理性を失い、国民全体の未来を考える力を弱めていく大きな構造でした。

サンデルは、その内側で人々の心や社会関係をむしばんできた価値観、すなわち「能力主義」の問題を掘り下げます。

そして、そこから抜け出すために、共通善や公共性をどのように回復できるのかを考えます。

今回のゼミでは、サンデルの議論に学びながら、私たち自身も考えていきます。

人間社会の道徳や合理性を取り戻すには、何が必要なのか。
競争や評価の中で生きる私たちは、どのような社会をよい社会と考えるべきなのか。
そして、自分自身は、その社会をつくる一人として、どう生きていくのか。

受験生にこそ考えてほしいテーマです

このテーマは、受験の只中にいる高校生にとっても、とても大切な意味を持っています。

受験は、努力し、競争し、評価される場です。

だからこそ、私たちは努力することの大切さを否定するのではありません。

むしろ、努力を本当に意味あるものにするために、「努力できる環境とは何か」「人は何によって支えられて学ぶのか」「合格や学歴だけで人間の価値を測ってよいのか」を考える必要があります。

能力主義を批判的に考えることは、受験を否定することではありません。

受験という現実に向き合いながらも、人間を点数や偏差値だけで見ない視点を持つことです。

そして、自分の努力を、単なる勝ち負けではなく、よりよく生き、よりよい社会をつくる力へとつなげていくことです。

大学生・社会人にとってのサンデル

大学生にとっても、サンデルの問いは切実です。

大学進学後、多くの学生は、就職活動、資格、インターン、研究、キャリア形成など、さらに大きな競争と評価の世界に入っていきます。

その中で、「よい大学に入ったから勝ち」「有名企業に入ったから成功」という物差しだけで自分を測ってしまうと、学ぶことや働くことの本来の意味を見失ってしまいます。

サンデルを読むことは、自分の進路や将来を、単なる競争の勝敗ではなく、「自分は社会の中で何を大切にして生きるのか」「どのような仕事や役割を通して社会に関わるのか」という問いとして考え直す機会になります。

また、社会人にとっても、この本は大きな意味を持っています。

私たちは日々、仕事の成果、収入、役職、学歴、肩書きなどによって評価される社会に生きています。

その一方で、家庭環境、出会い、運、時代の変化、地域や制度の差など、自分の力だけでは決められない条件にも大きく左右されています。

それにもかかわらず、成功をすべて「本人の実力」とし、うまくいかない人を「努力不足」と見てしまうなら、社会はしだいに冷たく、分断されたものになっていきます。

サンデルと格闘することは、自分自身の働き方や生き方を見つめ直すことでもあります。

同時に、子どもたちや若い世代に、どのような社会を手渡していくのかを考えることでもあります。

保護者の皆さまへ

保護者の皆さまにとっても、このゼミは、お子さまの進路や学びを「偏差値」や「合否」だけでなく、これからの社会を生きる力として考える機会になるはずです。

受験はもちろん大切です。

しかし、大学受験の先には、大学での学び、仕事、社会参加、そして一人の人間としてどう生きるのかという長い時間が続いています。

だからこそ、受験期にこそ、点数や合否だけではなく、「何のために学ぶのか」「どのような社会をつくっていきたいのか」を考える時間が必要だと考えています。

第1回のテーマ

第1回は、8月8日(土)に行います。

これからのゼミでは、次の問いを大切にしながら読み進めます。

  1. 成功や失敗は、どこまで本人の実力で決まるのか。
  2. 能力主義は、社会を公正にするのか、それとも分断を深めるのか。
  3. 道徳と合理性を取り戻し、よりよき社会をつくるために、私たちは何を考えるべきか。

トッドゼミで見てきた現代西洋の危機を受け止めながら、次はサンデルとともに、その影をどのように光へ転じていけるのかを考えていきます。

現代社会を理解するためだけでなく、自分たちがこれからどのような社会をつくっていくのかを考えるためのゼミにしたいと思います。

マイケル・サンデルについて

マイケル・サンデルは、アメリカの政治哲学者で、ハーバード大学の教授です。

ハーバード大学では政治哲学を長年教えており、同大学の人気講義「Justice」は、世界中で広く知られるようになりました。ハーバード大学の紹介でも、サンデルは現代を代表する公共哲学者の一人として紹介されています。

サンデルの議論の特徴は、哲学を専門家だけのものにせず、社会の中で私たちが実際に直面する問題として考えるところにあります。

正義とは何か。
よい社会とは何か。
市場で買えるものと買ってはいけないものの境界はどこにあるのか。
努力や成功は、本当にすべて本人のものと言えるのか。

こうした問いを、学生や市民との対話を通して考えていくのがサンデルのスタイルです。

『実力も運のうち』では、現代社会に広がる能力主義を批判的に検討し、成功した人のおごりと、取り残された人の屈辱感が、民主主義社会を深く分断していることを明らかにします。

そして、その先に、共通善、連帯、仕事の尊厳を取り戻す道を探ろうとします。

トッドが描いた現代西洋の危機を、私たち自身の生き方や社会のあり方へと引き寄せて考えるうえで、サンデルはとても重要な手がかりを与えてくれる思想家です。


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