5/21教養ゼミ報告

5・21教養ゼミ報告
                                 By Miyoshi Iwasaki

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*文春文庫「グローバリズムが世界を滅ぼす」
 E・トッド『国家の多様性とグローバリゼーションの危機』を読んで、論議をしていきました。
 今回は、都合がつかない人が多く、参加できた学生さんは3人でした。
* ゼミの内容について

 Kさんからレジュメに沿って、トッド論文の内容を報告してもらいました。
 
ポイントをしっかり押さえ、的確な報告でした。ご本人曰く、「初めはトッドさん、訳がわからなかったけれど、何を言いたいのかつかめたと思います」とのことでした。

—その上で、何点か論議。

①自由貿易の功罪について

 トッド氏が言うように、自由貿易は、供給過剰—需要不足—賃金低下—格差をも たらすと言う点では、全員「その通りであろう」と言うことになりました。

 現状認識を深めるために、NHKBS1スペシャル 「エマニュエル・トッドが語るトランプショック~揺れる米中関係~」を見ました。
(https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078694SC000/)

②「識字化と経済活動の活発化」の関係は?

 「トッド氏は、識字率が上がると経済が活発になると言っているがどういうことだろうか?」と言う質問が出ました。
 これについては、トッドの学説を紹介する形で、私が解説。要は、識字率が上がると知識や合理的思考する人が増えるので、経済活動が活発になり、出生率が下がると言うとトッドの考え方を紹介しました。
③「トッド氏は、教育が普及すると、社会の中で、不平等の潜在意識が形成され、格差を受容するようになると言っているが、現状はどうなのだろうか?」ということについて論議。

 ゼミ生3人とも、「人間の現実は、生まれる条件など不平等だが、格差・不平等をなくすように努力すべきだと思う」という意見でした。要は、トッドがいう格差を受容する人が増える状況の中で、逆に「格差は受容できない」というものでした。

 私個人としても、3人と同じ考えですが、トッドが言っていることもしっかり考えていかなくてはならないとも思います。
 素朴に、99%の側の人は、「格差は良くない」と思っている人が多そうですが、トッドが問題にしているのは、「ではなぜ格差は拡大するのか?」ということです。
 トッドが言っていることは、「人々が平等を信じなくなっているのは、親が子どもの教育にどんなに不安になっているか見ればわかる。その不安は、多くのことが勉強や教育に左右されるのを知っているからであり、先進国では学校のもたらす格差が脅迫観念にまでなっている。それこそが、不平等の潜在意識だ。」ということです。
 ここのところをよく考えてみましょう。先進国では、学歴フィルターがあり、「いい大学」を出れば「いい会社」に行ける、逆から見れば「いい大学」にいけない人間は「いい会社」には入れなくて当然という、学歴による人間についての上下の価値観=学歴を基にした人間に上下をつける価値観=不平等を当然とする意識、あるいは強迫観念が広がっているということをトッドは言っているのではないでしょうか。

 どうですか。こういう価値観は自分の中にありませんか?
 なんかイヤな感じがしますが、塾の仕事をしているとこういう価値観の人が現実には、かなりいると思います。一定の人がイヤな感じを持ちながらも「仕方ないよね」というようになっているのではないでしょうか。

 しかも、トッドは、さらに現状を厳しくみています。「有効な手を打ちたいなら、方向転換をさせるためには、(生活水準がかつてに比べ良くなっているので)多くの人々(とりわけ高齢者)は受動的で、現状に対して協力的であることを受け入れなければなりません。」

 そう!格差の現実を変えていくためには、こうした厳しい現実を見据えた上で、方策を探っていかなくてはなりません。
 「1%に対して99%はどうすべきなのか」という前回に考えようとした課題は、このことをしっかり見据えないと解決策は見えてこないようです。
④サンデル教授の解決策とトッドの解決策

 まず、サンデル教授の読売新聞に載ったインタビュー記事を読みました。

「グローバルvsナショナル、試されるトランプ流――マイケル・サンデル氏(政治哲学者)」(読売、1/3)

 この中で、サンデル教授は、「グローバル化は、人々の生活のあらゆる面がカネで勘定されることになった」「市場の価値観が家族や地域共同体への帰属意識・愛国心を曇らせてしまうと、民主主義を維持するのが難しくなる。」「民主主義を力強いものにするためには、グローバル化の恩恵が全ての人々に共有される社会を作る必要がある。」「どうすればいいか?1つは、世界の国々が協力し、行き過ぎた資本主義を規制する国際合意を作ること。もう一つは、国家が公共財を充実させて、「地域・国家に帰属している」という安心感を与えること。家族から出発し、地域社会の結びつきを強め、倫理観を養う。公教育を強化し、社会福祉を充実することだ。グローバルとナショナルの双方のレベルで、資本主義を万民のために機能させる方法を見出すことが重要だ。」「民主主義が脅かされている今日、正義を含めて、社会全体で論議することが一層重要になっている。」
 かなり、解決策を示唆してくれています。
 論議(対話)—つながり(家族・地域・国家・世界)ー国家・国際協調による資本の規制・万民のための資本主義・民主主義。
 まとめればこういうことでしょうか。これは、明らかにグローバリズム=ネオリベラリズム(新自由主義)とは異なる考え方であり、これを果たして資本主義と言えるかは微妙な気もします。むしろ、自由な市場経済をコントロールしようとした社会主義の考え方にも接近してさえいるように感じます。

 でも、興味深いのは、トッド氏の解決策もサンデル教授に似ているというところです。
 トッドは、グローバリゼーション・自由貿易の展開の中で、「各国が近隣国を潰して生き延びようとしている」と指摘します。しかし、その矛盾が、自由貿易の推進者であった米英でこそ深まっていると指摘し、「米国はもはや自由貿易を信用していない」と指摘します。これが、トランプ大統領を登場させた「自由貿易を進めてきたアメリカの経済の衰退—白人中間層の没落」です。
 その上で、トッド氏は、「米英は、絶対核家族を基礎とした社会であり、社会に可塑性が大きく、変化しやすいこと。また、憲法体制がしっかりしていて政治的に安定していること。」を指摘し、ここから、米国でこそ、ネオリベラリズムからの脱却があるのではないか」と結論づけていきます。

 トッド氏が、トランプ大統領登場の3年前にこの本で言っていることが、大統領選で現実に現れてきました。「アメリカは、自国がかつてほど強大ではないとわかっています。世界の多様性に対して再びもっと寛容になろうとしている。」
 トランプ氏は、「自由貿易から保護貿易への転換=白人労働者の雇用を守る、世界の警察をやめる=戦争をしない」ということを公約にして支持を集めました。
 トッド氏は言います。「自由貿易からの脱却とは、様々な社会の多様性を見ようとしないイデオロギーからの脱却です。」(注:「新自由主義」イデオロギー:世界は単一の市場であり、資本は自由に動けるべきというイデオロギー)
「アメリカが、社会の多様性を再び受け容れ始めるなら、アメリカは好転する」
結論として、「もしわれわれが世界の多様性、ネーションの多様性を受け容れるのなら、われわれは米国のこともまた、独自の特徴をもつ国家として、あるがままに受け容れる必要がある」と言っています。

 トッド氏が主張していることは、NHKの番組での言葉も使えば、要は、「グローバリズム=新自由主義=自由貿易から脱却して、国際協調による理性ある保護貿易に世界は転換し、各国の多様性を互いに認め合い、各国家が国民生活を守りながら、世界が平和共存していくということであり、アメリカこそ、その転換を作り出す力を持っている」ということではないでしょうか。

 かなり、サンデル教授の「行き過ぎた資本主義を規制する国際合意」「資本主義を万民のために機能させる」という主張と重なってくるように思えます。
 以上のようなお二人の見解を参考にして、今の世界にどう向き合っていくのか、各自が主体的に考えて行こうというところにゼミの論議は行きました。

 なお、追加的内容として、「アメリカのトランプ派と反トランプ派の対立・分断状況をどう乗り越えるか」という問題を考えるために、サンデル教授の両グループの対話を通じての共通点の相互確認・対立を乗り越える連帯を作り出していく討論番組を見ました。これは、素晴らしいものですので、ぜひ皆さんに見ていただきたいと思います。
BS1スペシャル 「マイケル・サンデルの白熱教室 トランプ派vs反トランプ派」 
          https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078696SC000/

⑤ 3人の感想
Kさん:おカネ第1のグローバリズムは、問題。世界が、少しずつ保護貿易に転換していくほうが良いのではないか。
Aさん:世界を、経済・政治・文化それぞれの側面全体と関連性を学んで立体的にみられるようになりたい。
Mさん:世界の多様性を認めあい、つぶし合うのではなく、みんなで幸せになれるように意識していきたい。

3、総括
① トッドの論文・NHKの番組・サンデル教授の提起などから、グローバリズムの現状と課題については、2でまとめたように、認識を深めることができたと思います。

② 前回の続きで、「99%は1%にいかに向き合うか?」「ナチスの全体主義と今日のグローバリズムの共通点・相違点」ということももっと突っ込んで論議したかったところですが、時間切れでできませんでした。
 各自で考察を深めて欲しいと思います。 

③ 世界の転換点、グローバリゼーションの転換点にあるという認識は、持ててきたと思います。その中で、共謀罪・改憲・学校設立問題など日本もかなり危機を深めていそうです。
 そこで、次回からは、いよいよ憲法問題を学んでいきたいと思います。
 
4、次回以降のゼミ:憲法を大テーマに

 1)立憲主義と自民党改憲案の基本問題
   —岩波ブックレット 伊藤真「憲法は誰のもの?」

 2)日本国憲法の成立過程

 3)自民党改憲案の検討

 をテーマにしたいと考えています。
 要望・意見をぜひ出してもらいたいと思います。

 まずは、1)の岩波ブックレットを1回目にしたいと思います。各自、入手して、読んでおいてください。
 
 *安倍さんは、5月の憲法記念日に2020年改憲を明言してきました。戦後民主主義の大転換期です。気づいたら憲法がなくなり、国民主権・人権・平和がなくなっていたという国にはしたくありません。
 世界に平和国家=日本といつまでも誇れる国にしていきたいと思います。しっかり草の根から、憲法を論議して民主主義の実態を再構築していく場にしていこうではありませんか。
 できたら、知人・友人を誘って一人でも多く考える人を作っていきましょう!
 
P.S. 文中にあげたNHKのオンデマンドの番組は、間も無く見られなくなってしまいます。まだ見ていない人は、ぜひ早めにご覧になってください。

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